HOME近江編~浅井家の滅亡~ > 新しい居城・安土城

新しい居城・安土城

1570年、中川重政という信長の家臣が安土城を守っていましたが、1576年には自分の住む城にしようと家臣の丹羽長秀に作らせました。安土城に住もうと思った理由としては、近江は京から近く、安土の湊から快速船である早舟に乗れば短時間で京へ行くことができ、非常に便利な土地だからです。

安土城は1579年に完成しましたが、1582年に信長の人生が終わる「本能寺の変」後焼失してしまいました。同時に天下統一した世を見下ろすために造られた天守もその役割をすることなく終わりました。

そんな安土城跡ですが、現在では整備され琵琶湖国定公園第1種特別地域になっています。

セミナリヨ跡

イエズス会が建てた初等・中等学校レベルの神学校が、滋賀県近江八幡市にありました。これが「セミナリヨ」です。 安土城が焼失した1582年にセミナリヨも焼失してしまいました。 現在では「セミナリヨ趾」の碑が推定地にあります。