信長は永禄2年(1559年)までに尾張国統一を果たしました。その翌年、永禄3年(1560年)5月に、尾張国へ今川義元が侵攻してきました。これが世に言う「桶狭間の戦い」です。
駿河(現在の静岡県中部・北東部)、遠江(現在の静岡県の大井川以西)、三河(現在の愛知県東部)を支配していた今川義元の勢力はなんと2万5千。対する信長の勢力は2千。数だけ見ると圧倒的に信長が不利な状況ですが、なんとこの戦、信長が勝利するのです。
愛知県にあった沓掛城は、桶狭間の戦いの前夜に今川義元が宿泊した城です。城主は近藤景春で、もともと信長に従っていた景春でしたが、今川へ寝返った山口教継に攻められ今川の味方となりました。